ヘビのいない場所 01 アイスランド

僕の座右の銘ではありません。
むしろ人生の中で一度も口にしたことがない言葉です。
しかし、本日はじめてこの言葉を使わせていただこうと思います。

ヘビのいない場所を探す作業は、必然的にヘビについて知る作業でもあります。
まるで、プロファイリング捜査官が連続殺人鬼になりきって思考を読むように、忌むべき存在のなかに深く入り込まなければ、正しく相手を知ることができないのです。
虎の子を狩るためには虎の穴に入るべしとはよく言ったものです。

僕はヘビの写真を見るのも嫌で嫌でしょうがない、根っからのヘビ・ヘイターです。
しかし、ヘビについて調べていると、頼んでもいないのにGoogleが画像検索までしてくれて、「あなたの求めてるのはこの写真ですよね」と言って差し出してくれます。
僕としては文章だけで十分なのですが、有難迷惑なことにヘビ写真をちょいちょい見せられるので、そのたびに光速に近いスピードでスクロールをしてやりすごします。
ヘビに会いたくないのにヘビに出くわしやすくなるという、逆説的な行動を取る羽目になります。

ヘビは生物の中でもっとも原始的な部類の動物だと思っている方も多いかもしれません。
なにしろ、パーツが少なすぎます。
しかし、実際は高度に進化した動物です。
ヘビの祖先はトカゲのような動物だったと言われています。
元々は手足があったのです。
それが、地中に潜ったり、狭い場所に入り込んだりする能力を究極まで研ぎ澄ますために、余計な手足をそぎ落とし、ソリッドに進化したのがヘビです。
ある意味では、世界最古のミニマリストと言えるでしょう。
「細長くて筋肉質」というと体型的には「やせマッチョ」の部類に入りますが、あまりにも痩せすぎると「キモい」と言われるのは人間と変わらないのでしょうか。

さて、本題に入りましょう。
ヘビは地球上のどこにでもいるわけではありません。
当然ですが、ヘビが生きていけない環境、そして、ヘビが移動してこれない場所にはいません。
簡潔にまとめると以下の2パターンです。

1:ものすごく寒い場所
2:絶海の孤島

ものすごく寒い場所

これはわかりやすいですね。
ヘビは変温動物ですので、人間のように体温を一定に保つことができません。
周囲の温度に強く影響を受けるため、ものすごく寒い地域では活動できなくなります。
よって、アラスカやロシアの最北端、南極などにヘビはいません。

ヘビの分布図

絶海の孤島

これからお話していく「ヘビがいない場所」は、主にこちらに分類されます。
海という分厚い鎧に守られてヘビを寄せ付けない、絶海の孤島です。
「おいおい、嘘をつくな。沖縄や奄美大島にはハブがうじゃうじゃいるじゃないか。ガラパゴス島だって、絶海の孤島だけどヘビがいるぞ」
とお怒りの方もいらっしゃるかもしれませんが、そこがヘビのいない場所さがしの深いところなんですね。
島だから必ずヘビがいないわけではありません。
日本は島国ですが、普通にヘビは生息しています。
海に隔てられていても、ヘビがいる島といない島がある。これは一体どういうことでしょう。
問題は、島の成り立ちにあるのです。

「島」とひとことで言っても、その出自は大きく分けて2種類あります。

1:大陸島
2:海洋島

大陸島(たいりくとう)

大陸棚の上に位置する島のこと。
プレートの活動によって大陸の一部が切り離されたり、海水面の上昇によって陸地が水没し島状の部分だけが残ったり、成立過程はいろいろ考えられますが、とにかく、もともと大陸と連結されていた島のことを「大陸島」と呼びます。
日本列島や台湾、グレートブリテン島など、地球上にある島の大部分は大陸島に分類されます。

大陸島は、大陸の生態系をのっけたまま、島になります。
すでに生態系が完成している状態で島になるため、島内にはさまざまな動植物が生息しています。
もちろん、そのなかにヘビがいる可能性も十分に考えられるでしょう。
海に隔てられているにもかかわらず、沖縄や奄美大島にハブが生息しているのは、そういうわけです。

海洋島(かいようとう)

一方、大陸棚にのっていない島のことを「海洋島」と呼びます。
これらの島は、海底火山の噴火や、サンゴ礁の隆起などによって、海の真ん中にひょっこりと顔を出します。
大陸とつながったことのない、一匹狼の島です。

当然、海に突如として現れた島には動植物は住んでいません。不毛の大地です。
もちろん、あのニョロニョロしたヤツもいません。
ここから、波や風や海鳥が、植物の種や微生物をはこんできて、長い年月をかけて生態系が作られていきます。
想像するだけでも、果てしない物語ですね。

海洋島のなかで、もっとも大きく、もっともヘビと無縁な島、それがアイスランドです。
1600万年前に海底火山の噴火により誕生した、北極圏に位置する最果ての島。
「ものすごく寒い・絶海の孤島」という2条件を兼ね備えた、ヘビを一網打尽にするポテンシャルを秘めた最強の島です。
ヨーロッパ最大級のヴァトナヨークトル氷河と、約130もの火山をふところに抱くその姿は、しばしば「火と氷の国」と呼ばれています。

イギリスのエコノミスト紙が発表している「世界平和度指数ランキング」というものがあります。
世界各国の平和度を相対的に数値化したランキングです。
そのなかで、2011〜2017年まで、ぶっちぎりで1位の座を守り抜いてるのがアイスランドです。
僕もアイスランドを旅行したことがありますが、実感として、日本よりも治安が良いと感じました。

アイスランドが平和な理由は、軍隊を所有していないことや犯罪発生率の低さなどが挙げられますが、別の視点で注目したいのは、危険な動物がいないことです。
ヘビのような薄気味の悪い動物や、クマやオオカミのような大型の肉食獣がいないので、とても安心です。
もちろん、陸上動物であっても、時として泳いで海を渡ってきたり、流木に乗っかって漂流してきたり、何かの偶然で離島に上陸し、住み着いてしまう可能性はあります。
しかし、そこはアイスランド。
メキシコ暖流の影響で比較的温暖とはいえ、北極圏にほど近い海を数百キロも渡ってこれる陸上動物はそうはいないでしょう。
アイスランドに人間が移住してくるまで、陸生哺乳類はホッキョクキツネだけしかいませんでした。
え、キツネはどうやって渡ってきたのかって?
今をさかのぼること1万年以上前、最終氷期(ヴュルム氷期)の時代に、凍結した海を渡ってやってきたそうです。なかなか根性があります。しかし、氷期の終わりと共に氷が溶けて、キツネさんはアイスランドに取り残されてしまいました。

取り残されて、なんだか寂しそうなホッキョクキツネ

9世紀頃になって、ようやくノルウェーから人間が入植してきました。
海の覇者、ヴァイキングです。
彼らが家畜を連れてきたため、1万年のときを経て、ようやくホッキョクキツネに仲間ができました。(本人は仲間とは思ってないかもしれませんが)
モフモフした平和主義者の羊や、サラサラヘアーをなびかせるイケメンの馬などです。
いずれも、かわいい動物ばかりで良かったです。

モフモフの羊とイケメンの馬

ホッキョクキツネよりも以前から住み着いている正真正銘の先住民たちがいます。
海という障壁をものともしない飛翔力を持ち、絶海の孤島へも難なく上陸可能な動物。
そう、鳥です。
(どうでもいいですが、「鳥」と「島」って字面が似てて見間違えそうですね)

アイスランドのようなヘビのいない島では、卵やヒナを食べられる心配がないため、鳥たちが安心して巣作りできます。
それゆえ、アイスランドには約200種の野鳥が住んでおり、多くの海鳥たちの繁殖地にもなっています。
鳥たちにとって、よっぽど快適な島なのでしょう。
(ホッキョクキツネも鳥をねらうハンターですが、大陸と比べれば相対的に外敵が少ないのは確かです)

アイスランドに棲息する数多くの鳥たちのなかでも、とりわけ人々から愛されているのがパフィンです。
本名ニシツノメドリ、通称パフィン。
ピエロのような独特のおもしろフェイスで見る者を和ませてくれる、国民的人気を誇る海鳥です。
アイスランドのお土産屋を訪れると、ぬいぐるみやマグネットなど、必ずパフィングッズが売られています。

パフィンはとても臆病な鳥です。
もしアイスランドにヘビがいたとしたら、寄り付くことはなかったかもしれません。
貴重な観光資源が奪われなくて本当に良かったです。
もっとも、パフィンがいなかったらヒツジがアイドルの座を奪取していた可能性もあり、ヒツジにとっては残念な話だったかもしれません。

ピエロのような愛らしい顔で、みんなに愛されています

1963年11月14日の朝、アイスランドの南の沖で、ある事件が起きます。
ウエストマン諸島を航行する漁船が、海上から黒煙があがっているのを発見しました。
海底火山の噴火です。
正午には噴煙柱の高さは数キロにもおよび、噴火は翌週まで続いたと言われています。
溶岩は北大西洋海流によって急速に冷却されて固まり、火山灰が降り積もって、新しい島が形成されました。
火山によって生まれたその島は、北欧神話に登場する炎の巨人スルトにちなんで、スルツェイ島と命名されました。

前述したとおり、誕生したばかりの海洋島には生命が存在しません。
しかし、時がたち、1965年には維管束(いかんそく)植物の生育が観察されるようになりました。
1970年ごろから海鳥の群れが住みつくようになり、今ではパフィンの繁殖地にもなっています。
新しい生命が次々と育まれているのです。

北欧神話によると、神々と巨人族の最終戦争(神々のたそがれ)で、スルトの放った炎によってすべてが焼かれてしまいます。焼けほろびた地上は、海のもくずと消えます。
しかしやがて、青々とした美しい陸地が再び姿を現します。
そこで新しい時代の神と人間が生まれ、世界へ広がっていくのです。
北欧神話のつづる物語は、まさしくスルツェイ島の成り立ちと重なります。
きっと遥か昔から同じような出来事が繰り返されてきたのでしょう。

スルツェイ島は、地質学的にも生物学的にも、進化の過程を研究するための貴重な場として認識され、2008年には世界自然遺産に登録されました。
特別な許可を得た研究者以外は上陸することが禁止されています。
ヘビどころか人間すら立ち入れない聖域。
臆病なパフィンたちにとっては、さぞかし楽園のような島でしょう。

一般人は立入禁止。遠くから眺めることしかできません。